03 , 16
戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)
(2004/05)
デーヴ グロスマン

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 ……こーゆー本を持ってレジに並んでしまったのは、なぜだろう。
 全く後悔していないのだけど、しかし自分の部屋の本棚に並べると、異様に存在感を放つこのタイトル。(ああ、なんか友達に見せたくない背表紙が並んでるなあ)と思ってしまいました少しだけ。
 ※今までにブログで紹介した本を見たら、少し趣味に偏りがあるような気がするんだよね。もちろんアブナイ子になるつもりはないんだけど! でもなぜか惹かれてしまうのだから仕方がない、人間の暗部ってものにある種の魅力を感じるのだよ。
 
 まだ途中までしか読んでないです。でも深いよ、これは。
 こんなことを本気で研究するひとがいるってことが、私には嬉しく思うし、戦争に対する考え方、殺人というタブーへの考え方に、一石を投じてくれることは間違いないと思う。
 子どもへの悪影響がどうとか、戦争被害者がどうとか、もちろん私は「戦争」なんて体験聞くかテレビで見るしか経験ないわけで、実際にはなんにも知らないわけだけど、でも今まで私が見聞してきたメディアによる「戦争」についての報道は、いかにも感情的で、倫理観念が先走っているようで、ここまで冷徹に現実を、兵士たちの実態を見ようとしたものは、そうそうなかったように思う。
 
 お値段1500円。文庫本にしては高いです。
 でも、戦争について本気で考えるなら、こういう本を読んでみるのもいいかも、と思います。
 少なくとも、ヒトラーの「我が闘争」とか読むくらいなら、こっち読めよ、と本気で思う。ナチスの非道は非道だけど、彼らにだって家族はいたはずなのだ。何が戦争に駆り立て、どうしてひとを残虐非道な行為を行えさせるのか、その問いに対する答えが見つかりそうな予感が、本書にはある気がする。



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職業欄はエスパー (角川文庫)職業欄はエスパー (角川文庫)
(2002/09)
森 達也
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内容(「BOOK」データベースより)
スプーン曲げの清田益章、UFOを呼ぶ秋山真人、ダウジングの堤裕司。かつては一世を風靡し、「超能力者であること」を職業に選んだ彼らは今、どんな日常を送っているのだろう。三人に興味を抱いて、八年間にわたって取材を続けた著者が数々の不可思議な現象をまのあたりにしながら、「超能力」という迷宮にさまよい、彼らの孤独をすくいとろうとした異色の超現実ノンフィクション。

 発行は6年前、上記三人の「超能力者」がテレビで活躍していたのは、1990年代末頃。しかしそれでも、この著書を、古くなってしまったとは、私は思わない。むしろ今だからこそ、熱狂的なオカルトブームが過ぎ去った今だからこそ、冷静に読み返すことができるのだろうと、私は思う。
 もはや「信じる」「信じない」という問題ではないのだ。ましてや「超能力」があり得るかという問題でもないし、肯定派と否定派の論争の歴史を語るものでもない。
 この著作にあるのは、自称超能力者を目の当たりにしたときの、漠然とした不安感や、それに対してどのように振る舞うべきなのか、という問題なのだろう。それはとても漠然としているが、とても人間らしい葛藤で、科学的な検証などは必要とされていないのかもしれない。
 けれども一方で著者は、科学的な思考でもって、話を展開させている。
 そこに安心感を見出してしまうあたりに私の、読者としての私の、この問題に対する姿勢が、表れているのだろう。そして著者である森氏の姿勢にも。

 森氏は「信じる」か「信じない」かに、酷くこだわりを持っていて、最後まで捨てきれなかったようだが、しかしその結論は最後まで出されることがなかった。だけどそれで良いのだ、と私は読んで思った。社会的に認められていないことを、さあ認めろ、と言われてとまどうのは、当たり前の反応だからだ。地球が丸いことが証明される以前には、海洋には端があり、そこには大怪獣が棲んでいると真剣に信じられていたのだ。地動説だって、最初は「地球が回転したら、我々は地球から振り落とされてしまうではないか」という反論が常識として、まかり通っていたのだ。だから「超能力」だっていつか科学的にも認められる時代が来る、などという気は、私にはさらさらないが。それは短絡的すぎる思考で、三段論法は危険が伴う。
 おそらくは、そうではないのだ。認めてほしい、信じてほしい、と願っているのは「超能力者」たちなのだ。決して、能力を持たない我々ではない。我々の「信じる」「信じない」はテキストの問題だが、彼らの願いは「自分たちは異常者ではない」「狂ってはいない」と認めてもらうための、もっと切実なところにあるように、思えるのだ。
 そこのところを、そこのところだけを、我々持たざるものが理解すべきなのだろう。それも心情的に、だ。これは文化的、あるいは宗教的なもので、決して科学的な思考ではない。 

 この著作で述べられている言葉は、全て森氏の目と耳を介して生み出されたものだ。だから全てが事実とは言えないだろう。そもそも真実と事実は別物なのだ。客観的事実が、主観的真実と、いつもイコールで結ばれるとは限らない。
 しかし少なくともある一面は、やはり真実なのだろう。
 すなわち、自称「超能力者」たちがみな、「信じてほしい」と願っていることだけは。
 その切実な思いに触れるだけでも、読む価値があるように、私は思う。


10 , 08
大江戸死体考―人斬り浅右衛門の時代 (平凡社新書 (016)) 大江戸死体考―人斬り浅右衛門の時代 (平凡社新書 (016))
氏家 幹人 (1999/09)
平凡社

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 古本屋で見つけました。場所は大阪天満橋筋商店街。ここいらは古本屋が多くってねえ。それもちょーっとばかし在庫の偏った本が。
 マニアには垂涎ものかと。

 それはともかく。紹介と参りましょう。
 まずタイトルが凄いですね。装丁があっさり風味なのに。
 内容は江戸時代、山田浅(朝)右衛門一族の担う(世襲すると同時に名前も受け継いだようです)ヒトキリとその周辺事情のお話です。
 ヒトキリ、なんて書くと「必殺仕事人」のようですが、こっちは公の人斬り、つまり処刑人。しかしこれも、彼らにしてみれば修行のためで本当の目的は「様斬」(試し斬り)。これで何を試すかと言えば、江戸はまだ武士の時代、刀剣のできばえだったようです。
 江戸時代は平和で、処刑人にも事欠く時代、しかし生きた人間の首を落とすのに一度で成功させられる人が必要だった、とか、しかしヒトキリは忌むべき行為、だから山田家は代々浪人の身分で禄はなしだったとか、しかしそれでは成り行かないはずがそんなことはなく、「霊薬」生き肝を売って商売をしていたとか、お弟子さんが多かったとか。
 びっくりするような史実がいっぱい載っております。
 このネタで小説が書けそうだ、なんて思っていたら、すでに書かれた小説の紹介が載っていたり。面白い小ネタも満載でした。

 流血暴行沙汰が大嫌いで、首なし裸体のイラストなんか見たら気分が悪くなるわアホッ、なんて方はスルーの方向で。
 それ以外の「誰も知らない禁忌の世界」が大好き、もしくは大好きってほどでもないけど興味はある、見てみたい、という方にはオススメです。ちょっとだけ世界が広がるかも知れません。いえそれ以外の何に役に立つかは皆目分かりませんが、面白いのはまちがいなしです。



 

 



04 , 02
 最近また、アマゾンで文庫本を大量購入しました。紙の匂いと手触りが好きな私。もしも電車の中で、ついうっかりうとうとして落としてしまっても、紙だと安心だしな! 
 やっぱり読書のためのモバイルPCご購入は、お見送りです。

 
ちみどろ砂絵―なめくじ長屋捕物さわぎ ちみどろ砂絵―なめくじ長屋捕物さわぎ
都筑 道夫 (1997/06)
光文社

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 表紙絵がないけど、むしろ見ない方がいいかもしれない。格好いい登場人物を想像していたい方は特に。ものすごい味があるけどな!
 
 手元にあるのは1997年初版で、2004年第五版のものです。しかしこれが書かれたのは、今より30年も前のこと。なのに江戸の風俗などついての時代考証はピカイチですし、全く古さを感じさせません。
 連作時代本格推理----本格推理の名に恥じない推理小説です。
 
 以下、推理小説とピカレスクものに愛を込めて感想をば。

【 Read More 】
03 , 18
 
アヒルと鴨のコインロッカー アヒルと鴨のコインロッカー
伊坂 幸太郎 (2006/12/21)
東京創元社
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 第一印象→「変なタイトルだよなあ」でも読んで納得しました。
 読みました。面白かったです。映画化もされるそうですね。今年の夏頃上映のはず。でもどうやって映像化するんだろ。絶対ネタバレしちゃうよね。すっごい疑問。どうやってあれ、クリアするつもりなんだろ。

 買った時点では、これがミステリーものだとは気づいていませんでした。ずっと、いわゆる青春小説だとおもってました。伊坂幸太郎がこんなに人気作家だとは知らなくて、噂も私の耳には届いていなかったものですから。本屋に平積みしていたのを手に取っただけですから。
 だから(?)、この人の作品の良さを説明するのは、難しいです。
 ここがこーなんだよなあ、とか言う個性があるはずなんだけど、掴み所がないのです。淡白で、淡々とした語り口で、感傷的なところが全然ないくせに、妙に読み手に感情移入させるのが上手いと思いました。
 自然、なんだろうな。でも登場人物のことをよく考えると、そんな人物っているよねーって思わせるのは半数以下、ちょっと浮世離れした人の方が多い気がするんです。なのに、自然な感じがする。
 伊坂氏が、どこかのインタビューで「ほんの数ミリ足が地面から浮いているような作品が書きたい」てなことを言ったらしいですが、正しくそんな感じです。自分で良くわかってんじゃん、と思いました。
 今度は「死神の精度」が読みたいです。うん、面白そうだ。